古本あぶらやのあぶらや日常

      ................あまり難しいことは聞かないで下さい

世は夏休み、こちらも一休み

 夏風邪をひいてしまった。咳が止まらないので医者に行った。8月に入っての雨続き、夜の気温が低くなっているので、風邪ひきはずいぶん多いらしい。医者の話では、夏休み明けの16日は、そんな患者がだいぶ押し寄せたということだった。そうしてどっさり薬を持たされた。頭がどんよりとしている。まとまった文章を書く気力が起こらないので、これまでアップしたものについて、それにかかわる出来事をいくつか簡単に書こうと思う。

 

 閉店になった酒場について記すと、わが町、東十条の居酒屋「みとめ」が店を閉めた。図書館に行く途中で、店のシャッターに張り紙がしてあって、もしやと思い前に立つと、「体調不良」とか「長い間の」という言葉が目に飛び込んできた。「ああ、ここも」と立ち尽くしていると、狭い道なので車から警笛を鳴らされ、慌てて飛び退いた。

「みとめ」はこのあたりでは知る人ぞ知る店だった。名店とか老舗とかそんな形容は似つかわしくはないが、似たような店がありそうでない。これというものはないけれども、長い時間を掛けて出来上がったやわらかい空間があった。そんな大衆酒場がまた一つ消えた。「道路拡張でいつかは立ち退かなくちゃいけないけれど、もうしばらくは頑張る」と云っていたおかみさんの声がまだ耳に残っている。張り紙には「今までありがとうございました」という常連客の書き込みがいくつか。酒場の終わりは、そこでしか会わなかった人たちとサヨナラをすることでもある。彼らはこれからどこで飲むのだろう。

 

ヒューストン・アストロズの青木宣親は、7月末、投手力強化を望んだチーム事情で、トロント・ブルージェイズにトレードされた。日米通算2000本安打を打ってから二ヶ月弱、彼は今、カナダにいる。2001本目を打った以降の青木選手のアストロズでの成績は、打率3割5厘。出塁率3割4分1厘。それまでのやや精彩を欠いた状態から、間違いなく上がり調子になっていた。優勝が確実視されているチームの中で、たとえレギュラーではなくとも、ダッグアウトの中で確固たる立ち位置を得るための戦いに挑んでいた最中のトレードだった。

スポーツを数字の積み重ねとしてではなく、人生がそうであるように、様々な因子に振り回されながら最善を目指して戦う人々の姿を書けるスポーツライターが、この青木選手の前半戦の戦いを描いたならば、なかなか面白い作品になると思う。けれども、スポーツをドラマとして文章にできるライター、またはリズムがあって情熱を感じさせてくれるスポーツライターがいない現在、それはないものねだりというものなのだろう。私自身の好みと考えでは、佐瀬稔さんが死んでから、日本には、もう本当のスポーツライターはいないと思っている。

 

風鈴は相変わらずほとんど音を出さない。紐の長さの調節が面倒くさいということもあるが、忘れたころに「チリン」とささやかな音を出す風鈴も悪くないと思っている。入口のポスターは今月から名花エリザベス・テイラー嬢の「花嫁の父」に変えた。

それにしてもこの薬の量は多すぎないだろうか。普段薬を飲まない方なので、見ているだけでもうんざりする。

森鴎外は薬には病気を治す力はないと云っていたそうである。病気を治すものは人間のヴァイタル・フォースだと云っていたそうだ。

 

薬は多少その補助をする程度に過ぎない。しかも、薬には副作用がある。だから、先生はかって薬を服用したことはないと言われた。

「風邪など、じっと寝ていれば直る。アスピリンなんか飲む必要はない」

わたしが、風邪くらいなら寝てもいられるが、もっと大病の時などと言い掛けると、

「外科的疾患は別だ。内科的疾病は、大小に拘わらず安静にしていれば必ず直る。僕は二十歳前後の頃胸をやられた。三十代の頃はコレラにかかった。二度とも、薬を用いず、ただ安静にしているだけで直している」※1

 

だそうです。陸軍軍医総監・陸軍省医務局長殿がこうおっしゃっているのだ。

だから、そう、飲むのは半分くらいにしておこうかな、と思っている。

 

 

あぶらやに置いてある本

 

※1 鴎外 荷風 万太郎  小島政二郎  文藝春秋新社  1965年刊行

当店販売価格 800円

引用した会話は、鴎外の死の少し前の会話だそうで、「だったら先生、仕事なんかせずに安静にしていてください」と小島政二郎が云うと、鴎外はにっと笑い、「これは死病だ」と云ったそうである。森林太郎、かっこいいな。この作者は、なぜか、作家のゴシップや裏話を書くと、物凄く生き生きとして冴えた文章を書く人である。この本の中では「鈴木三重吉」にその特色が強く出ている。憾み骨髄という念が充満している筆致が、性格破綻者としての主人公をリアルに描いていて、ちょっと類のない迫力がある。

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[ 2017/08/18 23:16 ] あぶらや日常 | TB(-) | CM(-)

誇りと情熱

 将棋のことはよくわからない。「銀」をうしろに下げて相手に怒られるくらいなので、将棋について何事かを語る資格もないのだが、このブログはその年の出来事について、店主がどう感じたかを書きとめる日記でもある。門外漢ながら記してみたい。見当はずれな部分もあると思う。ご寛恕願いたい。

 

 藤井四段がプロ入り後、二十九連勝して連日マスコミを賑わせた。店主は家で仕事をしているので、比較的夕方のテレビニュースを見る機会が多い。うんざりしたのは、藤井四段が食事にどんな出前を頼んだかを真顔で報告する現場のリポーター達の姿である。豚キムチうどんを運ぶ店のものを報道陣が囲む。冷やし中華を頼むと、大盛ですか?大盛です、と大事ごとのように確認をする。チャーシューは何枚ですか。

 これがニュースでありましょうや、これがジャーナリズムでありましょうや、と愕然とした。というのは嘘で、ああ、またやってるやってる、と思いながらテレビのスイッチを切っただけのことである。

 今や、視聴者がどんな情報に飛びつくか、何を好むかは、報道する側であらかじめ決められているようである。あなたたちの好むものを、われわれは選んで供給してあげているのだ、というのがマスコミの理屈なのであろう。山本夏彦さんは、事件があるから、報道があるのではない。報道があって、初めて事件があるのだ、とずいぶん前に記した。

それにしても、この、わっと群がる感じがどうもいやだ。しかも、物事の捉え方が、どんどん子供じみた幼稚なものになってきているように思えてならない。そうして、マスコミは近年になって「かわいい」と「おいしい」という価値観は、否定や批判の対象にはならない非常に便利なものであることに気づいたようである。そう考えると、この突然現れたといっていい天才少年に対する報道が、どう優れているかより、何を食べたかにすり替わっていくことは、ある意味では興味深い。興味深いがそのことを考えることがひどく鬱陶しい。わたしはただ、本当の意味でジャーナリスティックな精神の持ち主のいない時代、別の言い方をすれば目利きのいない時代に生きる味気なさについて思う。そう、山口瞳さんがある時に書きとめた表現がある。今の時代は「アンパイアのいない野球をやっているような気がして仕方がない」※1。

 今回の騒動に戻ると、プロ棋士の世界では、棋士の生涯最高勝率は中原名人の8割5分であって、今年の棋士の勝率でいうと上位10人の平均で8割ぐらいだそうである。どんな棋士でも、年間を通して五十回ぐらい戦えば、七つや八つは必ず負けると最初に云ってくれれば、二十九連勝という数字はたしかにすごいが、同時に、長い目で見れば物事がどう落ち着くかは予測がつくはずである。

 二十九連勝した後の藤井四段の成績は六勝三敗。勝つことに苦しみ、マスコミの騒ぎもひとまず落ち着いたようである。考えてみれば、プロ棋士など天才の巣窟である。四段以上の現役プロ棋士は160人。彼らはエリート中のエリートであり、実力差も紙一重という。簡単には勝たせてくれない世界なのである※2。

ところで、藤井四段が三十連勝をかけて挑んで佐々木五段に敗れた後、次の対局では、彼はお弁当を持参したそうである。報道は小さな扱いだったが、わたしにはこのことがひどく印象に残った。彼も昼食に何を頼んだかということで大騒ぎされることに、正直うんざりしていたのかもしれない。もしかしたら、彼が昼飯をカバンから出して(パンのようなものと報道された)ごそごそと食べ始めた時に、この十五歳の少年のプロとしての本当のキャリアが始まったのかもしれない。わたしにはそんなふうに思えてならない。

 

 

 あぶらやに置いてある本

 

※1 散る日本 (文庫)  坂口安吾  角川書店  1979年刊行

当店販売価格 150円

木村名人と升田八段との名人位をめぐる対局の観戦記である。私には名人の敗北が当然に見えたと安吾は書く。そしてその理由が木村名人の「負ける性格」によるものだと断ずる。この部分のレトリックがいかにも安吾らしくて面白い。

 

 

※2 血涙十番勝負  山口瞳  中央公論社 2002年刊行

   当店販売価格 400円

 山口瞳さん曰く「僕にとっては、プロの将棋指しというのは、すでにしてオバケである。たとえば、御年六歳とか七歳とかのときに、専門棋士に二枚落ちで勝ったというような人がいる。十歳にして近郷近在に相手になる人がいないくらい強くなっている少年がいる。神童として騒がれ、新聞に出たりする。こういう人が棋士になって、とんとん拍子に出世するかというと、必ずしもそうではない。実は、専門棋士というのは全員がそれなのであって、そういう人たちの間で角逐が行われることになる。わずかな差で持って段位が決まり順位が決まる

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[ 2017/08/12 20:37 ] あぶらや日常 | TB(-) | CM(-)

チェーホフの犬

 家の玄関に南部風鈴がつるしてある。この風鈴の短冊がちぎれていて、風が吹いても鳴らないようになっていた。短冊のない風鈴というのは、本当に小さく、小さく見える。音をなくした風鈴は、身の置き所をなくしたような風情で玄関の軒下にぶら下がっていた。

その短冊が風鈴の下に置いてある背負子の中に落ちていた。そこで、短冊をタコ糸で風鈴につなぎ直し、今度はお店の軒につるしてみたが、短冊は風にそよぐばかりで音を発しない。たぶん糸の長さを加減しながら何度か調整しなればならないのだろう。道具というものは繊細なものだなと思う。けれども、まがりなりにも風鈴らしい様子になって、風鈴は玄関にあった時よりずいぶん大きく見える。

 ふと、チェーホフの童話「子犬のカシタンカ」を思い出した。

 

 指物師に飼われている栗色の子犬、カシタンカは、凍てつく街の中で主人の姿を見失ってしまった。お得意先回りの合間に、酒を飲んですっかり酔っ払ってしまった主人の横を、大勢の兵隊が音楽を奏でながら通り過ぎたので、おどろいたカシタンカが、兵隊たちを吠えながら追いかけている間に、主人がいなくなってしまっていたのである。

 途方に暮れた彼女は、シルクハットをかぶった男に拾われる。男は彼の家でカシタンカにごはんを食べさせてくれた。空腹を満たした彼女は、前の主人のところと、この男のところと、どちらがいいだろうと考える。この男はたっぷりご飯を食べさせてくれた。指物師のようにぶったり、どなったりもしない。そうしてカシタンカは、指物師の子供が彼女にした数々の悪戯を思い出す。特に彼女を悩ませたいたずらは、糸に肉の端きれを結びつけて、飲み込んだ彼女の胃袋から肉きれを引っ張り出すというものだった。そんなことを思い出して、彼女は急に悲しくなるが、やがて泣き疲れて眠りについてしまう。

カシタンカはティヨートカという新しい名前を男からもらって、彼の家で暮らすようになる。その家には、おしゃべりな灰色のガチョウと、白い年寄り猫と、陽気に鳴く豚が飼われていた。昼をすぎるとシルクハットの男は動物たちに芸を教え、夜になると彼はティヨートカを残して出かけて行く。シルクハットの男は動物たちに芸を教えて、サーカスで観客にそれを披露させて暮らしている調教師だった。ひと月も経つと、ティヨートカはすっかりここでの生活に慣れて、男から芸の手ほどきも受けるようになっていた。
 ある夜更けに、ガチョウが突然、奇妙な声をあげて苦しみだす。どうもガチョウは昼間、馬に蹴られたようだ。ティヨートカは窓の外に「あやしいもの」の気配を感じて、唸り声をあげる。やがておろおろする主人に看取られ、ガチョウは息を絶える。朝になると、門番がやって来て、ガチョウの足をつかんでどこかに運んで行く。

ティヨートカはガチョウの代わりに舞台に立つことになった。彼女が教えられた芸を何とか演じていると、客席から突然「カシタンカ」と叫ぶ声がおこる。彼女は芸をやめて、その声に向かって一目散に走り出す。

三十分後、カシタンカは前の主人である指物師とその子供の後を歩いていた。彼女は、泥だらけの壁の部屋や、仲間たちや、おいしいご飯や、授業や、サーカスのことを思い出す。そしてそれらのことはカシタンカには、深く心に残った長い夢のように思える。 


  以上が「子犬のカシタンカ」のあらすじである。この童話が普通の童話とちょっと違っているのは、他の動物が何を言っているのか、カシタンカにはまったく理解できていない、という点にある。たいがいの童話の動物たちは、人の言葉でお互いに話をしあうことができる。ディズニーのアニメなどでは必ずそうなる。だがこの童話では、ガチョウはガチョウの言葉を、豚は豚の言葉を、猫は猫の言葉を、人は人の言葉を持っている。犬にガチョウの言葉がわかるなんて、不自然なことではないでしょうか、とチェーホフは読み手に問いかけているようにも思える。だからカシタンカは、よくしゃべるガチョウだなとか、楽しげに鳴く豚だなとか思うのだけれども、具体的に彼らが何を言っているのかを最後まで知ることはできない。

そういった物語の作りこみが、死に取りつかれたガチョウが「なんだかとても野蛮な、突き刺すような不自然な」叫び声をあげて、このガチョウは一体何を伝えようとしているのだろうとカシタンカが怯えるところから、ガチョウの死と、何事もなかったかのように夜が明けるまでの数頁を際立ったものにしている。「グゲー、グゲー、ゲー」と叫びながら死んでゆくガチョウを見つめながら、その死がまるで自分に訪れたかのように思うカシタンカの姿は特に印象的である。

 ロシアでは子供たちが最初に出会うチェーホフとも呼ばれるこの童話が、現在のわが国で取り上げられることは少ない。しかし詩的な美しさにあふれて、チェーホフらしいするどい内面描写が随所にちりばめられていて、一度読むと忘れらがたい気持ちを読み手に抱かせる作品である。

それにしても花形役者のガチョウに死なれ、芸を仕込んだ犬には初舞台で逃げられた調教師の男はどんな気持ちでいたのだろう。舞台でどんな風に観客に詫びをしたのだろう。やはり舞台の上で小さく、小さくなっていたのだろうか。短冊がちぎれてぼんやりとぶらさがっている風鈴の印象が、なんだか彼のように思えて、この文をしたためてみた。

 

 

あぶらやに置いてある本

 

子犬のカシタンカ  アントン・チェーホフ  新風舎 2007年刊行

当店販売価格 400

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[ 2017/08/04 07:57 ] あぶらや日常 | TB(-) | CM(-)

その後の七人の侍

あぶらや屋敷も先週末からセミが鳴き始めた。まだそれほどでもないが、ピークになれば本もおちおち読んではいられないほどになる。考えてみるとこの家は環七のせいで年中揺れているし、始終、救急車とパトカーはサイレンを鳴らして往来し、カラスは夜明けから鳴いて、暑くなるとセミが盛大に残りの生を謳う。どうも集中して本を読めるような場所ではない。ゆっくりと本を閲覧する環境でもない。ここで古本屋をやっているのは、なにか間違っているような気もする。

 そんな店にもたまにはお客が来る。数々の障壁を乗り越えてここまで古本を見に来るのは、真の本好きであると思う。その志を満たすだけの蔵書が用意できていないことが、とても心苦しい限りであるが。

先週来店してくれたその貴重なお客さんのひとりが映画好きで「やはり私たちの年代は黒澤明ですよ」といった。あぶらやより干支ひと廻りとちょっと年が乗っかった男性客だった。

あ「ビフテキを作れる監督ですからねぇ(と本人がいっていた)」

客「そう、『七人の侍』などまさにビフテキです」

そういえばですねと、あぶらやがそのあとに話をした「七人の侍」のよもやま話を今日は書きたい。最近忙しかったとか、ネタを考えるのが面倒くさいとか、ブログ更新の手を抜こうとしているわけではありません。

 

〇 撮影途中におこなわれた出演者と監督による当時の座談会があって、このなかで、三船敏郎が大変な撮影で、この前に「田んぼの中に落馬した」というと、監督が「裸馬だからみんな落ちるよネ」と平然と話すのがおかしい。ちなみに、この座談会は撮影途中でおこなわれたものなので、最後の土砂降りの中のクライマックスを撮る前であり、さらなる過酷な運命が待っていることを七人のサムライたちはまだ知らない。

 

〇 製作は1953527日クランクインし、クランクアップは19543月末に及んだ。

撮影終了のめどが立たず、いつ出来上がるかでスタッフが賭けをしていたような状況だったという。三船敏郎は知り合いに、映画を作っている最中にもかかわらず「忙しくて、『七人の侍』見そびれちゃったよ」といわれたそうである。

 

〇 酔っぱらった菊千代が系図を持ち出し、「おまえは十三歳か?」と勘兵衛に大笑いされるシーンから、この物語の時代設定が天正十四年頃であるとわかる。であれば、この映画の登場人物たちは、本能寺の変から四年後、豊臣秀吉が関白になった翌年、という時間に置かれていることになる。

 

さて、そこであぶらやなりに、生き残った三人の侍たちが、この後どう生きたかを想像してみたいと思う(何しろ店がヒマなもので、古本屋のおやじの単なる妄想です。読み捨ててください)

歴史的にみると次の大いくさは、翌年の島津征伐になる。三匹のサムライは、いくさはもうこりごりだといいながら、結局は、秀吉の手勢に参加せざるを得なくなる。そこで、どの軍勢に加わるかが鍵になる。やはり彼らは負け戦をする将のもとに吸い寄せられるように加わるべきである。これはもう、そうでなきゃいけない。だとすると、土佐の長宗我部信親の手勢はどうであろうか。長曾我部は明智光秀と近い。かって勘兵衛が光秀のもとに身を寄せていたと設定するならば、土佐勢に加わるのはそう不自然ではない。
 勘兵衛たちは、長宗我部元親の嫡男である信親の若武者ぶりに惚れ込んで、失いかけていたサムライとしての希望をたくす。やがて戸次川の戦いで、薩摩武士たちに攻め立てられ、あわれ信親は戦死。関白軍が敗走する中で、すでに戦国の世の終わりを予感している勘兵衛と
七郎次は御大将に殉ずるため、敵の陣に飛び込んでゆく。しかし、ひとり勝四郎には、生きよ、武士を捨てよと命じて、落ちのびる道を選ばせる。
 勝四郎は死地を脱し南国の地をさすらう。陸地を横断し、やがてたどり着いた貧しい村で、勝四郎は農民として新しい人生を始める。時を重ねて、勝四郎は子をなし、四郎という孫もできる。彼は村の長老というべき立場になっている。しかし運命は苛烈な領主に対して、村人に立ち上がるか否かの選択を迫らせる。最終的な決断を迫られた勝四郎は「やるべし」と吐くように村人に宣言し告げる。「この四郎をたて戦うべし、天草の衆よ」

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[ 2017/07/29 02:42 ] あぶらや日常 | TB(-) | CM(-)

僕と共鳴せえへんか

 今年の東京はまったく梅雨らしくないまま過ぎ明けてしまった。これでは夏が一ヶ月ほど長くなったみたいなもので、こう日照りが続くと、わざわざ駅から離れた古本屋にお客など来ない。この土日は、本読んで、日が暮れたから店閉めて、最後はお盆の送り火をやる、という天から与えられた寧日を過ごした。このままだと店の本を全部読んじゃいそうだ。しかし、もうお盆の送り火とは、一年は早いものだと思う。
 さて、あぶらやの好きな座談、前回からの続きである。

太宰治 「僕たち、駄作ばかり書いている」
坂口安吾「そうでもないよ。君など秀作を書き過ぎる方だよ。もっと駄作を書いたほうがいいのだ。太宰君は駄作を書かない人だな」
太宰治 「あなたはひどいよ。あなたは僕より少し年が上だ。それだけ甲羅が固くて、あんなへんな傑作ばかり書くんだな。あれが嫌ですね。..織田作之助というのは一つも傑作はないのだろう。駄作ばかり..」
織田作之助「ないんだ。それで何書いても面白いんだよ」

 これは1947年の「現代小説を語る」という座談会からの抜粋である。お気づきかと思うが、三人ともどう考えてもしらふではない。少々の暑さなどを吹き飛ばすような熱量のあるこの怪座談を、今回暑中見舞い代わりに紹介したい。

 座談会は、冒頭で進行役が「太宰さんはすでに少々酔っぱらっているから..」と言葉をもらし、すでに荒れ模様である。まずダザイが志賀直哉を俎上に乗せ、「あの人は邪道だ」と言い放ち、続いてサクノスケが小林秀雄を、「褒めているうちに褒めていることに夢中になって、自分の理想型を作っているのだ」と断ずる。里見弴。宇野浩二。アンゴ「これはないね。木戸銭を取る値打ちはないよ」とバッサリ。以下略で、最後はダザイの「座談会はもうよそう」という言葉で幕になる。
 これとは別に、この無頼派三人組には、同じ日におこなわれた「歓楽極まりて哀情多し」という鼎談もあり、これらについては、酔っぱらっていて何を話したか全く覚えていないと安吾が後に語っており、二つの座談とも、酩酊したうえでの放談というべきものだと知ることができる。しかし同時に、この「男さわぎ」というべき宴から、彼らがこれまでの作家が足を踏み入れなかった場所に分け入って、ブンガクの新しい領域を生み出したいという意気込みも確かに伝わってくる。彼らが共有して抱いていた分母のことを、織田作之助はこの中で、自分たちは「第一歩から始める作家」だ、という言葉で言い残している。
 それにしても「歓楽極まりて哀情多し」の結末は、作之助が「みんなで旅回りの芝居に出よう」といいだし、太宰が安吾に「一番のお人好しはあなただ」といって、安吾が太宰に「そうじゃない太宰が一番馬鹿だよ」と返して、記者が無理やりお開きにする。この支離滅裂ぶりは壮烈である。

 年表によって確認すると、座談会の三ヶ月後に織田作之助は他界。掲載した「文学季刊」の編集後記は「喀血、遂に起つ能わず」とその死を惜しんだ。翌年には太宰治が入水し、強靭な肉体を誇った坂口安吾もその七年後に幽明の境を超えることになる。
 「歓楽極まりて哀情多し」をあらためて読み込むと、織田作之助の「ぼくはいっぺんね、もう吹き出したくなるような小説を書きたい」という言葉や、太宰治の「この頃すこうしね、他人を書けるようになったのですよ」という言葉に強い感慨を覚える。それぞれの享年は、織田 三十三歳、太宰 三十八歳、安吾ですら四十九歳である。いかにもみんな若い。ため息と共にその念が深くなる。

 この座談会は、本を閉じた後の余韻自体が微酔を感じさせる。そう考えると、たぶんあらためて酒を友とする必要などないだろう。逝ってしまった人の得られなかった未来についての言葉は酒精分が強い。ことに太宰治の「四十になったら..」というつぶやきは胸をつく。才人たちの意気天を衝くがごとき文学評、文人評を堪能した後に、最後に心に浮かぶのは、寄席がはねた後の座敷の寂しさのようなものであり、つまりは、呑気と見える人々も心の底を叩いてみると、どこか悲しい音がする。と猫に語らせた漱石の箴言である。

 この座談が収められている本は、あぶらやにはない。筑摩書房の坂口安吾全集十七に掲載されており、坂口安吾全集であれば大抵の図書館には置いてあるはずである。ぜひご一読をお薦めしたい。

あぶらやに置いていない本

坂口安吾全集17  筑摩書房 1999年刊行
 安吾がからんだ座談を集めている一冊であるが、この中には吉行淳之介が名品といっている阿部定・坂口安吾対談も収録されている。小林秀雄との「伝統と反逆」も良い。単に酔っ払いの絡み合いといえないこともないが、この二人の切り合いはかなりの見ものである

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[ 2017/07/20 08:21 ] あぶらや日常 | TB(-) | CM(-)